鹿追町の伝承 白蛇姫物語

鹿追の町は、クテクウシと呼ばれ、アイヌの人達が、鹿を追いこんで、捕えていたころでした。 北の方には、よく似た形をした二つの山が並んで聳え、人々はいつも仲良く座っているように見えるので、 夫婦山と呼んでいました。

  アイヌ語では、東と西のヌプカウシヌプリというのだそうです。 その裾野に拡がる大地は、今では大きな林を見ることができませんが、昔は何百年も経た柏やナラの大木が密生し、 熊やキツネ、うさぎ、鹿などの野生の動物が自由にとぴまわっていたのでした。
 アイヌの人達は、その動物を捕ったり、平らな土地を利用して、春に火を入れて焼畑農業という方法で、 麦やヒエを植えて生活をしていました。本当に静かで、食糧も豊富ですから、アイヌ部落の人達は、 酋長さんを中心に楽しい毎目を過ごしていたのでした。
ところが、ある年のことです。寒い寒い冬過ぎ春が来たというのに寒さは少しもおとろえず、 5月になっても6月になっても大地は緑の色を見せませんでした。7月になると、大雨が降り続き、アイヌの人達は、 藁葺きの粗末な家の中で、熊や鹿の皮を身につけ、外にも出ることができず、プルプルふるえているだけでした。

  8月、9月になっても同じです。もう部落には食糧が無くなり、元気な若者達が、 熊や鹿、うさぎを捕るために山の中を馳けまわりましたが、食物のないところに動物がいるはずがありません。
 日高とか上川、石狩の方にみんな移動してしまって、一匹の姿も見ることができないのです。 このままではみんな飢え死にしてしまう。毎日毎日部落の人達は相談をくりかえしました。 音更や、帯広のアイヌ部落にも助けを求めに行きましたが、どこも十勝は同じことで人々は困り果てていたのでした。
 困り果て、疲れ果てたアイヌの人達は相談の結果、神にお祈りすることになったのです。 アイヌ部落には、神に仕える老人がおり、その老人の指図で神を祭る祭壇をつくり、 人々はもう残り少なくなった食物ですが、少しづつ持ち寄ってお供えし、みんなでお祈りを始めたのです。

  老いも若きも、男も女も、赤ちゃんまでが、祭壇の前で祈りつづけました。 2日、3日、そして7日目になりました。昼も夜も一生懸命になって祈り続けるアイヌの人達は、 とうとう疲れ果てて倒れるように眠ってしまったのです。
 と、その時です。疲れ果て、精も魂もつき果てて、泥のようになって眠っている人々の夢の中に、 女神が現われたのです。「食物もなく、それでいて他の人々と争うことをせず、 ひたすら神に祈るお前達の心をみとめてあげましょう。明日の朝、お前達が目をさました時、 お前達の前に白蛇を見るであろう。これは、私の使いである。 この白蛇の後をついて行くがよい」そう言葉を残して女神の姿は消えました。
”アッ”一斉に声を挙げて、アイヌの人達は目をさましました。そして、お互いの顔を見合せ、 みんなが同じ夢を見たことを話しあったのです。「お告げに、神様が私達を助けてくれる、 私達の願いが聞き届けていただけたのだ」みんなは手をにぎり肩を抱きあって喜ぷのでした。 そうしたしばしのざわめきの中で、朝が静かに訪れて来たのです。
 キラキラと光る本当に久しぶりの太陽の姿に、アイヌの人達は思わず、手を合わせ頭をさげるのでした。

  と、その時です!人々のすぐかたわらの草の中に白いものが動くのを見ました。 白蛇です。神のお告げは本当でした。真白い美しい体に真赤な目、そして目からチロチロと細くて紅い舌を出しながら、 白蛇はアイヌの人達を見ているのです。
酋長さんが叫びました。「サァー皆さん神は私達の願いを聞いてくれたのです。 代表を選んでこの白蛇様と出かけようではないか」

  若くて元気な若者が10人程選ばれました。
 若者達は部落の人達から、鹿の肉だとか僅かな塩をもらってでかけることになりました。 若者達は、これから出かけるところが、どんなところか知りません。どんな困難があるかわかりません。 でも、心ははずんでおりました。

  「私達は部落のみんなのためにやるんだ!どんなに苦しいことがあっても負けるものか、 神は必ず助けてくれる」そう心に誓って、みんなのすがるような願いの声を背に出かけたのでした。
ツッ、ツッと白蛇は身をくねらせながら前に進みます。白蛇は、ヌプカウシの山の方に向っているのです。 「山の方に行って何があるのだろう。食糧は平らなところにあるのじやないか、山はぶどうも、こくわもないし、 熊も鹿もいない筈なのに」一人がつぶやきました。

  「何を云うか、私達は神に案内されているのだ。神を信じようではないか。 今の私達には、信ずることしかないのだ。さあー頑張って」リーダーがたしなめます。
 みんなは、肩で息をし、汗びっしょりになりながら、 背丈を越える草を掻きわけ、懸命になって白蛇の後を追うのでした。

  道らしい道がありません。今まで来たことが一度もありません。 ヌプカウシの山を白蛇は時々後をふり返りながら、先にたっていきます。 部落を出てから、もう1時問にもなります。まだ山の中腹でした。 朝6時に出てきたのですから、昼近くになりますが誰も腹が空いたというものはいません。

  ”ヨイショ、ヨイショ”お互に声をかけ合い手をひきあって山を登ります。 来た道をふり返って見ると、十勝平野が果てしなく広がり、造か彼方に日高の山脈がかすんで見えています。 本当に美しい眺めですが、みんなは、それを気にする余裕はありません。 それから3時間近くたったでしょうか。一行は、山の頂上にたどりついたのです。
”フウー”と、肩で息を切らしながら腰をおろした一行が、ふと前の方を見おろしますと、どうでしょう。 遙か彼方に、キラッキラッと光るものが見えるではありませんか。

  ”オーッ、あんなところに水が見える、山の上に沼があるゾー”一同が一斉に声を挙げました。 そうなんですね。湖とか川は低いいところにあるものとしか考えられないのが、あたり前の話ですもの。 アイヌの人達が不思議がるのも当然のことだったのです。
 ですが、今の一行は、そのことを改めて考える気待はありませんでした。 ふと見ると白蛇が、その湖の方に向って進むではありませんか。

  ”オイ、白蛇様が前に行くぞ”遅れては大変だ、がんばろう。 疲れた体のことは、もう忘れたように、目の前に見える不思議な沼の出現につかれたように一行は道を急ぐのでした。
「アッ!これは!!」

  沼の岸辺にたどり者いた一行の目に水面に跳ねる、おぴただしい魚がとびこんできました。 今まで見たこともない姿です。赤い斑点があざやかで、三十糎以上もある美しい姿です。 そして、水際の浅瀬にザリガニが、うようよといるではありませんか。
 もう時間は夕方の6時近くでしょうか。沼の向う岸に小さな山が見えます。 その影が、タ陽に映えながら、まるでくちぴるのように見えます。 その横から、もくもくと湧き出るように、かすみでしょうか、水面に流れこんできています。

  一行は、ヘタヘタと岸辺に腰をおとし、物も言わずこの光景を見入るのでした。30分も無言で座りつづける一行が、ふと気がつくと今まで、いつも目の前にいた、白蛇の姿が見えません。
「神のお告げの場析はここだ。さあーこの魚をとろうではないか」

  リーダーの声に一行は一斉に動き出しました。岸辺の白樺の小枝を折って釣り竿のかわりに、 用意、この針に鹿肉の乾かしたのを付けて水面に下しました。

  と、どうでしょう。針が水に着くか、つかぬ間に魚が飛ぴついてくるではありませんか。 もう夢中でした。一行はあたりが暗くなるまで、空腹も忘れて釣りました。
くさっては困ると、一人が腹をさいて塩をつけます。その腹わたを水に捨てますと、 それに向って、また魚が群がるのです。そして水際のザリガニが真黒になって、その腹わたに集ってくるではありませんか。 一行は、もう目の前が見えなくなるまで魚とザリガニを採るのでした。
あたりが真暗になり、一行は焚火で暖をとり、釣り上げた魚を焼いて腹ごしらえをしました。 今までに一度も食べたことのない、おいしい味でした。遇度に脂がのり、あきあじのような味で2匹も食べると、 腹がみちてくるような感じです。

  「神のおかげだ。これでコタンの人達の飢えを救うことができる。 明日の朝は早く帰ろうではないか」人々は、本当に何ヶ月ぶりの笑顔でした。 腹ごしらえを済ませ、一行がウトウトとした時でした。清みきった夜空にきらめく星の光が、 急にその明るさを増し、辺りが、シーンと静かになりました。
ハッ!となって一行が起きあがって、目をこらして空を見上げました。 と、どうでしょう。あの夢枕に立って、お告げになった女神が、大きな大きな白蛇をともなって、 宙に浮かぷように一行を見下ろしているではありませんか。

  「この魚はオショロコマと呼び、この湖にしか住まぬ魚である。これから後、凶作の時のみ食するがよい。 いたずらにこの魚をとることは、白然の恵みに反し、人の心を失うことになることを忘れてはならぬ」

  玉をころがすような美しい声でした。それでいて、一行の心の中にしみとおりどうしてもこれを守らなければ、 と命じる重さも感じるお声でした。一行は、ひざまづき、両手をついてその言薬を聞くのでした。 やがて一行が静かな湖に面をあげた時、もう女神も白蛇の姿も見えませんでした。 一行は、黙って顔を見合せ、たがいの心に、今の女神のおさとしをたしかめ合うのでした。
 翌日、一行は更にオショロコマを採り、ザリガニをとって、足も軽くコタンにもどったのです。 そしてその年の苦しい飢えを救われたのです。

  然別湖は、今も太古の姿そのままに静かに私達を迎えてくれます。 ですが、この尊い女神の教えに反し、和人がこの地を訪れ、 面白半分にオショロコマを釣り始めました。ザリガニもそうでした。
 そして昭和も40年も遇ぎた時、然別湖のオショロコマは急激に、 その姿を見せなくなったのです。また、ザリガニは、或る日突然のように一匹も見えなくなりました。

  「困った時の救いにのみ食べよ」という神の教えに背いた報いなのでしょうか。 人と自然は調和しつつ生きなければならない。白然を大切にしてこそ、人は生きつづけることができる。

  その大切なものを、私達は忘れてはいないでしょうか。私達の故郷に残された白蛇姫の伝説は、 私達に、人としての大切な道を、今もなお語りかけているのです。

  私達の大切なふるさととしての然別湖の自然を、いつまでも守り統けることを誓おうではありませんか。
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